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love kicks

自分の言葉で綴るスニーカーへの愛と未来

時間が経って評価されるスニーカーもある、Air Max 96とか97とかみたいに

 学校の靴箱からスニーカーが盗まれ、街を歩いているだけでスニーカーを剥いで持っていかれ、ショップではスニーカーにごっつい鎖をつけて厳重警戒しながら展示していた、あの狂った時代のグラウンド・ゼロAir Max 95であった。まるでオーパーツ、あるいはご神体。そこには後光が差していた。いや、もはや自発光しているようにさえ見えた。しかしながら、蛍光イエロー×灰グラデ(個人的にはその後に出た緑×白が好きだったけど)の大きすぎる存在感とその人気のせいで、悲しい待遇を受けたのが、翌年のAir Max 96とその翌年のAir Max 97である。

 あれからおよそ20年。今あらためて見なおしてみると、この2モデルのデザインは実にすばらしい。

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 有機的、生命的パターンを配されたサイドヴューをもったAir Max 96は白・緑・青の爽やかなカラーリングと相まって、ランニングシューズとしてのデザインマナーの高さを感じさせてくれる。

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 さらにAir Max 97は、その見たこともない同心円モチーフ。前年までのハイテク感をすべてオールドスクールにしてしまうぐらいに斬新な、次の世代のハイテク感。ソリッドデザインとメタリックな素材感を下から支えるフルレングスマックスエアソール。超絶かっこいい一足。しかし、不運にも人はそこに2年前のグラデーションの再来を期待してしまった。Air Max 95の亡霊さえいなければ、もっと評価されていたに違いない。